“Jumping Jack”というのはリズミカルな心地よい響きの言葉です。意味を調べてみると、どうやらフィットネス系の運動用語で、「挙手跳躍運動」のことを指すようです。
マジックの世界で”Jumping Jack”と言えば、私の中ではダイ・バーノンのこの古典作品が第一に来るのですが、Youtubeで検索してもこの作品の動画はヒットしませんね。
“Jumping Jack”というカードマジックの動画はいくつか見つかるのですが、今回紹介の作品とは異なる手順ばかりです。ダロー師のノースライトのアセンブリ手順と、Jが1枚ずつひっくり返るパケットトリックで、それぞれこの名称の手順があるようです。
さて今回ご紹介のダイ・バーノンによる”Jumping Jack”は、日本の誇る巨匠石田天海と、バーノンの交流から生まれた作品です。天海師は米国在住時、同時代の多くの奇術家と交流を持っていました。
天海師の考案で奇術史に残る技法に、氏の名を冠した”Tenkai Palm”という技法があります。バーノンはこの技法をいたく気に入り、それを利用したいくつかの技法や手順を考案しています。
“Jumping Jack”はその中でもよく知られている作品でしょう。完成された手順というよりは、Tenkai Palmのための練習曲といった趣の小品奇術です。
ダイ・バーノンのジャンピング・ジャック
では、動画をアップしてありますので、よろしければご覧ください。
現象自体は極めてシンプルです。ジャックとエースの2枚の交換現象が、2回繰り返されるだけ。
冒頭で、この作品のYoutube動画が見つからないと述べました通り、実際演じる人もあまり居ないようです。この理由はおそらく、シンプル過ぎる割には気を遣う要素が多いから、ということでしょうか。
私自身、そのような理由で今までちゃんと練習したことがありませんでした。しかし今回、当サイトで取り上げるために改めて練習してみて、意外とやりやすく面白い手順なのではないかと思うようになりました。
2枚の交換現象ならば、例えばデックを持ったまま行えば、もっと容易な多くの手法が考えられます。”Jumping Jack”ではデックを使わず2枚のカードのみで演じる形にすることで、気を遣う要素は増えています。しかし、それを補って余りあるだけのシンプルでクリーンな印象がある気もします。
とは言え、この手順をそのまま一般客相手に演じるかと言われると、それは微妙なところではあります。そこはやはりあくまで練習曲であって、そういう目で見るならば適度な緊張感が持続していて、演じるのが楽しい作品です。先に書いたとおりマニアでもあまり演じる人が居ない手順なので、今後機会があれば、対マジシャンで何度か演じてみたいところ。
実際にはこのままの手順をレパートリーにするというよりは、ここで用いられている技法が色々な用途に使えそうです。
含まれているスライトという面では、この作品には主に2つの要素があります。
一つは、すでに述べたTenkai Palmを利用したスイッチ技法。
もうひとつは、Dカードの扱いです。端的に言うと冒頭とラストでの2枚のディスプレイの部分です。
ここで使われているDカードの扱いは、バーノンの他の手順で類似の例があります。カードマジック事典に掲載されている「変化するカード」という直球な題名の作品がそれです。
この手順の最後の部分に、ディーリングポジションから3本指だけでDカードを表向けるムーブが使われています。これは明らかに、Jumping Jackのムーブとアイデアとしては共通するものでしょう。
ただ、この2つの手順のうち時期的にどちらが先なのか、直接の関連があるのか無いのか、確かなことは分かりません。
「変化するカード」はカードマジック事典掲載のバーノン作品としては珍しく、日本語の題名のみで原典の英語名が記載されていないからです。現状、「変化するカード」がどこからの出典なのか、私は把握していません。
何かの雑誌掲載作品であるとか、ちらりと聞いたこともあるのですが。
「Dai Vernon’s Book of Magic」と「Vernon Revelations」
動画で私が演じた手順は、この手順のオリジナル文献である「Dai Vernon’s Book of Magic」解説の通りではありません。
かつてVIDEONICSというビデオ会社が制作し、現在はL&L PublishingによってDVD化されている、バーノンの集大成的な映像資料「Vernon Revelations」のシリーズがあります。これの3巻に”Jumping Jack”が取り上げられています。
私の動画はその内容に沿った形にしています。
全体的な流れはもちろん変わっていませんが、裏向きのジャックをグラスに立てかけるところの動作が異なります。この点については、”Jumping Jack”を紹介されたマジェイアさんのサイトでも触れられています。
元々の解説では、右手に持った裏向きのカードをそのままグラスに置きに行っていました。それを「Vernon Revelations」の解説では、2回とも一旦エースと一緒に持って、左手で置くようにしているのです。
マジェイアさんは、この点についてはBook of Magicでの解説の誤りなのか、その後バーノン自身が変えたのか不明である、と述べられています。しかし私の個人的な想像では、これは意図的な変更点なのではないかと思っています。
その理由は、「Vernon Revelations」の中でバーノン自身が、裏向きカードを一旦左手に預けて置きに行くことの大切さを、かなり強調している点です。バーノンの考えがBook of Magicの当時から同じであれば、この点に全く言及が無いのが不自然に思えるのです。
ジャンピング・ジャックに関する個人的なことをつらつらと……
さて、あまり演じる人が居ないと言われるバーノンのJumping Jackですが、実は私、奇術歴のかなり初期の頃に、これの実演を生で見せてもらったことがあります。
京都の大学に入学した当時、私は京都市内でシオミ氏が中心になって開催されていた奇術サークルに出入りしていました。ここはなかなか面白い場で、シオミ氏の伝手などで有名なマジシャンが突然ひょいと訪れたりもします。
ある日、その会のメンバーで「社長」と呼ばれていたお金持ちのマニアの方のビデオコレクションから、いくつかを視聴させてもらっていました。
当時はレクチャービデオ創成期で、1本が2~3万円とかしていた時代です。そんな時代にその「社長」は、100本近くあるVIDEONICSのビデオもほとんど全巻コレクションされていたはずです。
仲間内でいくつかのビデオを適当に流しながら視聴させてもらっていた中に、「Vernon Revelations」の3巻があったわけです。
その「Vernon Revelations」3巻がテレビ画面に映っているそのときに、見慣れないお客さんが来ました。神戸のHさんという方で、最近はあまり名前を聞きませんが、当時レクチャーノートや商品なども出されていた、熟練のマニアの方でした。
そのHさんが来るなり、テレビ画面をチラリと見た瞬間、「あ、ジャンピングジャックだね!」と言って、その場ですぐに実演してくれたのです。
その頃はまだTenkai Palm自体もあまり詳しく知らない状態でしたので、すべて魔法のように見えたのを覚えています。
Hさんは、何だかえらく気さくでひょうひょうとした方で、ジャンピングジャック以外にも色々なマジックや技法を、頼みもしないのに見せてくれました。そのとき初めて”上手い”実演を見た技法は、クラシックパス、ギャローピッチ、トップチェンジなどなど。
今にして思えば、Hさんが見せてくれたのは、どれもこれも古典的でベーシックなものばかりですが、その錬度の高さは魔法を感じさせるに十分でした。
まあしかし、Jumping Jackを誰かが演じているのを見たのは、後にも先にもこのとき限りです。ほとんど演じる人が居ないというのは間違いありませんね。
ジャンピング・ジャックを解説した文献等
すでに軽く触れたとおり、この作品はLewis Ganson著「Dai Vernon’s Book of Magic」(1957)に収録されました。
それから映像資料としては、これも上で触れたとおり、現在はL&L PublishingからDVD版が出ている「Vernon Revealations全17巻」の3巻(DVDは3巻と4巻でまとめられています)に収録されています。
「Vernon Revelations」は順次、スクリプトマヌーヴァ社によって日本語化されています。
この映像は通常のレクチャーではなく、バーノンを囲んだ座談会形式です。Jumping Jackについても、最初にちゃんとした演技があって次に解説、といった形ではなく、雑談の中でいきなりバーノンが解説だけしている感じです。
それから、記事中で少し触れた別作品の「変化するカード」についてですが、これは「カードマジック事典」以外に、同じ高木重朗氏による「奇術入門シリーズ カードマジック」にも掲載されています。
Jumping Jackよりも、Tenkai Palmについての私なりの見解ですが・・
そもそもテンカイパームの有用性を説いた日本語書籍が少ないですよね。
カードマジック事典はイラストだけだし、他の書籍でも目にした事がない・・
テンカイパームを多用してるのはスペインやメキシコ、アルゼンチンなどで
アスカニオの流れなのか、そちらの方面では多く見かける気がいたします。
Jumping Jackを見かけないのは、この技法がマイナーなせいではないかと?
確かに言われてみればそうですね。
日本語書籍でTenkai Palmを見たことがあると言えば、松田道弘氏や厚川昌男氏の本での天海のフライング・クイーンの手順において、ぐらいでしょうか。他にはザ・マジック掲載のジョニー広瀬さんの作品でも見た記憶が。いずれにしても数えるほどです。
確かにJumping Jack以前にTenkai Palm自体があまり使われていないというのは言えそうです。パーム技法としてはマイナーということは無く、そこそこカードマジックをやっている人なら大抵知識としては知っていると思いますけど。
カードよりジャンボコインで使う人のほうが多いかも知れません。
文献ではないですが、比較的日本人で使っている人を見かける例は、バートラム・チェンジあたりでしょうか。
歴史的にも、天海本人やバーノン以外では、ロス・バートラムがこれの使い方を色々発表していますし。
ラテン方面以外のマジシャンでは、フランスのバーナード・ビリスも、このパームを頻繁に使う人ですね。
はじめましてUGと申します。
動画のジャンピングジャックが上手すぎて興奮しながらコメントを書いています。
昨今はテクニカルやスマートフォンを使ったマジックが多いですが
このようなクラシックな色あせないトリックはいいですよね。
テンカイパーム自体結構マイナー技法になりつつあるのでしょうか。
最近見たトリックですとデビット・ストーン氏のDVDでクロースアップ向きの
ミリオンカードくらいでした。
コメント失礼致しました。
初めまして、UG様。
過分なお言葉痛み入ります。
好みの問題かとは思いますが、スマホやペットボトルを使ったマジックなどは、個人的にはあまり好きになれません。
用具自体に、何がしかのマジックらしさが欲しいとでも言いましょうか。
テンカイパーム自体がマイナー化しているとまでは思わないですが、実際にクロースアップで使われているのはあまり見ませんね。
通用する角度自体は、例えばギャンブラーズコップなどと比べてもそれほど変わらない気もしますが、姿勢など色々と気を遣う要素が多いということかも知れません。