ブラザー・ジョン・ハーマンの集大成とも言える作品集、リチャード・カウフマン著による「The Secrets of Brother John Hamman」(1989)は、東京堂出版より「ブラザー・ジョン・ハーマン カードマジック」と題して翻訳出版されています。
こちらの日本語版書籍の中では、この作品は「秘密の交流」という日本語の題名が付けられて掲載されています。
しかし奇術界一般では、あのポール・ハリスの傑作リセットの源流にあたる作品として、アンダーグラウンド・トランスポジションの名前は有名です。よって、今回はこちらの、英語の原題をカタカナ表記した題名で紹介することとします。
ブラザー・ジョン・ハーマンは、カトリック系マリア会の修道士で、クロースアップマジシャンとして活躍した人です。同じように宗教家としての称号が、マジシャンとしての通称に付いている著名なマジシャンには、ファーザー・サイプリアンなどが居ます。
ブラザー・ジョン・ハーマンはポール・ルポールによって才能を見出されたことから有名になり、「100万分の一の奇跡」や「ミクロ・マクロ」、「サインド・カード」などの奇術作品や、ハーマン・カウントなどの基礎技法によって、20世紀カードマジックの歴史に大きな足跡を残した人です。
今回ご紹介のアンダーグラウンド・トランスポジションは、彼の代表作の最も有名な一群に比べれば、そこまで知名度の高い作品でもない感じです。
しかし冒頭で述べたように、ポール・ハリスのリセットの原案となり、そのリセットが多くの奇術家に支持されるに至って、このアンダーグラウンド・トランスポジションも重要性を認識されるようになっている、というところでしょうか。
ブラザー・ジョン・ハーマンの「アンダーグラウンド・トランスポジション」
では、動画をアップしてありますので、よろしければご覧ください。
リセットの原案にあたる、と紹介したのは、何も私が勝手にそう解釈しているというわけではありません。
ポール・ハリスによる「Super Magic」(1977)の”Re-set”の紹介に、ブラザー・ジョン・ハーマンの手順が元になった旨が書かれています。
「ブラザー・ジョン・ハーマン カードマジック」の記述でも、「(この作品の)一般に知られているバリエーションのうちのひとつは、ポール・ハリスの「Reset」です。」と書かれています。
とは言うものの、この作品の現象は、リセットとはかなり印象が異なりますね。
前半はリセットと同じような、パケット同士の交換現象ですが、手順の後半はガラリと変わります。後半の現象は、いわゆるフォロー・ザ・リーダーそのものです。
手順構成としては、トランスポジション現象と、フォロー・ザ・リーダーが組み合わされたものと言えます。
作者の思考としては、Veeser Conseptによって交換現象を達成した後、そのパケット状態を上手く利用つつ、エンドクリーンに繋げるフォローアップ手順として、フォロー・ザ・リーダーを組み合わせた、という感じでしょうか。
ただ、構成としては2つの奇術を繋げたものとは見なせても、別々の現象を単に続けて演じるというだけでは、これをひとつの奇術として演じる意味が乏しくなります。
従って、ここでは後半のフォロー・ザ・リーダー現象も、あくまで交換現象の文脈で演じることが意図されているのではないでしょうか。
このあたりのプレゼンテーションの意図をしっかり理解して、統一感をもって演じないと、何となくまとまりのない演技になりかねないと思います。
それから、このアンダーグラウンド・トランスポジションと、リセットの最大の相違点について。
リセットは最後に逆戻り現象が付いている点でしょうか?まあそれも相違点ではあります。
が、ここで問題にしたいのは、ハンドリングの手数についてです。
上の動画は、「ブラザー・ジョン・ハーマン カードマジック」の記述に出来るだけ忠実に演じたものです。
前半のパケット交換現象の部分についてですが、2つのパケットを仮にA,Bとします。
ここで、最初の交換を見せる際にはA、Bの順に見せています。その後2回めの交換では(客に息をかけてもらった後)B、Aの順に示します。最後に3回目の交換では、また逆にA、Bの順で示しています。
つまり、終始パケットを交互に持ち替えながら、両方のパケットを示し続けるハンドリングになっています。客に息を吹きかけてもらうところのやり取りなどをスムーズに行えば、そこまで分かりにくい印象にはならないかも知れません。
しかしやっぱり、両方のパケットを交互に持ち替え続けるというのは、見た目を煩雑にする要因ではあります。
リセットでは、この点が圧倒的に改善されています。
最初に両方のパケットをあらためた後は、交換と最後のリセット現象まで、基本的にすべて片方のパケットのみで展開されます。観客としては、片方のパケットのみ集中して見ていれば良いわけです。
ただし、アンダーグラウンド・トランスポジションでは、交換を見せるたびに、パケットを表向きでテーブルに置くようになっています。
この点は、リセットのようなハンドリングでは難しいことです。
これにより、観客としてはこの手のパケットトリックでありがちな、どっちがどっちのカードだったか分からなくなってしまう、という状態は避けられています。
両方のパケットを交互に見なければならないという煩雑さはあるとは言え、この点は長所と言えるかもしれません。
「アンダーグラウンド・トランスポジション」を解説した文献等
アンダーグラウンド・トランスポジションは冒頭で述べたように、リチャード・カウフマン著「The Secrets of Brother John Hamman」(1989)に収録されています。
そしてこの本は東京堂出版より「ブラザー・ジョン・ハーマン カードマジック」と題して翻訳出版されています。
上記の書籍にほぼ対応した映像としては、ブラザー・ジョン・ハーマン本人による演技を90種類以上収録した集大成のようなDVD「The Lost Works of Bro. John Hamman」がありますが、残念なことにこれには”Underground Transposition”は収録されていません。
日本語の映像では、ゆうきとも氏の出演による月額制のレッスンDVD、マンスリー・マジック・レッスン(mML)の31号で、ゆうき氏のタッチを加えたアンダーグラウンド・トランスポジションの手順が取り上げられています。
(10月27日追記)
Stevens Magic Emporiumから出ていたビデオ「The Greater Magic Video Library Volume 38 Brother John Hamman」に、本人による”Underground Transposition”の演技のみ収録されています。
これは「The Lost Works of Bro. John Hamman」とは違ってきちんとスタジオ収録されたもので、映像はきれいです。DVD化されています。
記事と動画ともに楽しませていただきました!
リセットの原案ということは知っていましたが実際に見たのは今回が初めてでした。
仰るとおりリセットと印象が違い、双方のパケットのカードが一枚ずつ交換されていくように見える部分にニヤニヤしてしまいました。
リセットを見ているといつも伏せられた方のパケットが気になってしまう性質で、その欲求が満たされたせいかもしれません(笑)
原案とリセットを見比べてみて、表現の違いとともに双方の持つそれぞれの良さが分かった気がします!ありがとうございました^^
勝手ですが個人的なリセットの好みを書かせていただくと(汗)
松田さんのリセットの変則的クライマックスが印象深いです。
ご存知だと思いますが、リセット慣れ(?)してる人には持って来いのクライマックスですw
masaさんありがとうございます!
確かに両方のパケットを常に見せているというのは、長所でもあるんですよね。
技術的にもどちらかと言えばリセットよりは容易で、表現方法に気を配りやすい作品なのかも知れません。
松田さんのリセットといえば、最初の本に収録されていた作品は、私がリセットを知った最初の作品でした。しかしそれとは違うのですね。
変則的クライマックス、あまり意識して見ていませんでしたが、なるほど思いもよらないKicker Endingを付加したリセットですね。エースアセンブリで言うHitchcock Acesのような。
確かに面白そうです。機会があれば読み返してみたいです。
ありがとうございました^^